小学校の同級生と昼から上野で飲んだ。一人は入学して初めて友だちになった子、もう一人は2年生のときの転校生。ほかにも誘っていたが、都合が合わない人も多く今回はこぢんまりした会になった。
小中の友人は私を「けーちゃん」と呼ぶ。呼び捨てに憧れていた私は、高校に上がると「けいこって呼んでください!」と自己紹介したし、大学でテニサーに入ると先輩から「えんちゃん」というあだ名を授かった。ふいに「けーちゃん」と呼ばれると、慣れない響きに一瞬戸惑い、照れくさい気持ちになる。
前回集まったのは2年前。この2年間、一人は変わらぬ生活をし、一人は結婚して子どもが生まれ、そして私は会社を辞めた。
どこにも所属していない、何者でもない「ただの私」でも引け目に感じないのは、「けーちゃん」を知っている彼らの前だからだろう。お互いよくここまで生きてきたよね、と称えあう空気がある。
5時間しゃべり倒して解散する頃、「冒険して、楽しそうだからよかった」と言われた。冒険したがゆえの悩みもあるだろうけど、それでも楽しそうだね、と。
ここ最近は応募した仕事を断られることが続いていて凹んでいたのだけど、言われてみればたしかに「楽しい」と思う。「同じ日々の繰り返しで人生が終わっていくんだ」と信じ込んでいた頃と比べれば、圧倒的に「自分の人生を生きている感」がある。あの頃、「このまま死んだら後悔する」って大真面目に思ったんだよな。
ビルを出て、三者三様の帰路につく。明日からも、それぞれの人生を生きていく。こんど彼らに会うときも、「楽しそう」な自分でいられたらいい。
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